文部科学省:科学研究費補助金(基盤研究(C))
研究期間 : 2010年 -2012年
代表者 : 白井 伊津子
中国古典文学における譬喩表現と日本古典文学の譬喩表現を比較検討し、中国文学の受容のあり方、および日本古典文学における譬喩表現の独自性を明らかにすべく、前年度に引き続き、平成23年度も「譬喩表現比較の基礎資料」作成のために、作品の分析を行っている。本年度は、『古今和歌集』の恋部の歌、『懐風藻』の詩作品について、譬喩を構成する所喩と能喩の関係を、形式的特徴、譬喩の素材的特徴の観点から分析を加え、一首ごとにデータの蓄積をはかった。さらに、中国文学の方面から、『文選』『玉台新詠』の詩作品の主要なものについても検討を加えた。同時に、本資料の作成の過程において、譬喩表現が、懸詞に縁語をともなう修辞表現とも密接な関係を有するのみならず、見立ての技法にも展開していく実際が、『萬葉集』から『古今和歌集』の懸詞の通時的な分析を踏まえて明らかなったことは、とりわけ有意義であった。すなわち、譬喩表現の基盤となる、景物の事象と人事の関係は、『萬葉集』においては、主として序歌が担っていた。序歌のばあい、序詞と本旨とは同一の文脈をなすものだが、『古今和歌集』では、ふたつの文脈を築く懸詞と縁語においても、景物の事象と人事とが譬喩関係をもつ。それは、音と意味ということばの両面を反省的に捉え、同音の形式に景物の事象と人事のふたつの意味を隣接させうるものとして、懸詞一異なるふたつの文脈を導く機能-を方法的に捉えなおした結果だと考えられる。つまり、こうした懸詞の方法こそ、日本古典和歌の譬喩表現における独自性として認めることができるという結論を得た。